#Philosophy

好きな場所を、帰る場所にした

最初に沖縄に来たのは、小学生の頃だった。

旅行だった。

親と来た。なぜ沖縄だとか細かいことはもう覚えていない。

ただ、空港を出て、空気の匂いが違うことに驚いたのを覚えている。

その頃、私は大阪に住んでいた。

家にも学校にも、ある種の閉塞感のようなものがあった。

うまく説明できないが、毎日が、息苦しかった。

沖縄に着いて、海を見た時。

あの瞬間に、何かが緩んだ感覚があった。

帰る飛行機の中で、何度も思い出した。

それから、長い時間が経った。

大人になっても、沖縄が好きだった。

旅行で何度か来た。来るたびに、好きになっていった。

だが、「住む」という選択肢は、思いつかなかった。

旅行で行く場所、というカテゴリーが、

住むという可能性を、無意識に消していたのだと思う。

転機は、妻と出会った時だ。

彼女は沖縄出身で、私を彼女の家族や友人に紹介してくれた。

そこで初めて、私は沖縄の人たちと、深く話をするようになった。

ここの人たちは、争わない。否定しない。話を聞く。

私が育った大阪とは、違う温度の人たちだった。

土地が人を育てるのかもしれない、と思った。

ここに、住む。

その発想が、少しずつ、現実味を帯び始めた。

決め手は、子育ての環境だった。

妻と話し、調べてみると、沖縄は子育てを応援する文化があった。

家賃も、当時は内地より安かった。

そして、いつでも海が見える。

決めた後、出張で沖縄と内地を行き来する日々が続いた。

ある日、飛行機の中で気づいたことがある。

帰りの便で、隣の人がこう言っていた。

「あぁ、明日から現実か」

別の便では、誰かが「沖縄から帰りたくない」とこぼしていた。

私は、思った。

自分は、逆の場所に帰るのか。

その違和感が、移住が正しかったのだと、

何より身体に教えてくれた気がする。

それから、八年が経った。

朝、目を覚まして窓の外を見る。

たいてい、空が広い。

特別なことは、何もない。

ただ、ここが、自分の場所だという感覚がある。

「ここが、世界で一番いい場所だ」と言うつもりはない。

私はまだ世界を知らない。

もっと好きな場所と、これから出会うかもしれない。

ただ、今のところ、ここが、私の帰る場所だ。

自然が緩く、人が緩く、空気が緩い。

それで、十分だと思っている。

好きな場所を、帰る場所にした。

そのことに、たぶん、後悔はない。